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浅草散歩みち
浅草散歩みちの〆めは秋の浅草催事の「かっぱ橋道具まつり」にふれてみます。 
毎年10月9日の「道具の日」をはさんだ1週間は、例年「道具まつり」が開催されて、今年は第32回になると浅草の街中にポスターが貼られて承知しておりました。推察するにその期間は相当混雑があると思い。10月4日(日)の昼過ぎに散歩がてら出かけました。



ガイドブックを見ながらですが、浅草ビューホテルのある国際通りをクロスして、かっぱ橋道具街に通づる、かっぱ橋本通り公西会商店街を歩きます。かつては飲食、物販などでかなり賑わったと思われる商店街は、今はさほどの活気がなく、唯一「どぜう飯田屋」の店頭に人だかりがありました。
言問通りを越してかっぱ橋道具街に立ちます。


そこでかっぱ橋と認識していましたが、「合羽橋」が正しいことが分かりました。 
それから歩いて来た道が「かっぱ橋本通り」で「かっぱ橋道具街通り」の区別も今回出かけて分かりました。私のこれまでの知識では一緒になっていたわけです。



交差点の近くに平成15年10月にこの道具街の誕生90年を記念しての「かっぱ河太郎」の金ピカの立像が見えました。その脇に碑がありこの地の由来と立像の銘板がありました。
 

それには、あまり知られてないことですが、道具街通りの下には水路が流れていて、その昔「新掘川」とよばれたこの水路は、入谷、浅草の田圃と千束池の排水路として明暦3年(1658年)に作られたものとのことです。  
 ところがこの池は水はけが悪く、雨のたびに洪水を繰り返していたそうです。今からおよそ200年前、これを見かねた合羽商「合羽屋喜八」が私財を投げ打って灌漑工事を始めましたが、難工事で遅々として進みません。そこで、喜八の意気込みに感銘を受けたのが隅田川の河童たちで、この工事に協力して掘割を完成させてくれたそうです。夜な夜な働く河童たちの姿を見た者は商売が繁盛したと伝えられ、これが新掘川に掛かっていた「かっぱ橋」の由来のひとつとのことです。 


道具まつりは10月6日(火)〜12日(月・祝)ですが、通りにはインバウンド(訪日外国人旅行者)が沢山見受けられます。もちろん実際に買い物をしている国内の夫婦連れの方もおられますが、見渡しましたらほぼ半分づつのような気がいたします。
 

商店街は、食器、厨房器具をはじめ店舗設備、インテリア、食品見本ならなんでも揃い、一般の人から商売人まで多く詰めかけておりました。
 
 


また和食器店舗に入ってみますと、想像をはるかに超えた、ありとあらゆる種類の食器が陳列されていて、買物客も多く、かなり混雑していました。
 

私が興味を持って店の外、店内に入って時間をかけて観察したのは「かまた刃研社」でした。このお店は東京メトロ銀座線の上野駅のホームにウィンド広告があり、買物した刃物に銘を入れるサービスをしているお店です。
  

店頭では、包丁を研いでいるデモストレーションをしばらく見ていましたが、道具の手入れの大切さが多少とも理解できた気がいたしました。 
またガラス窓に「研ぎ教室、生徒募集中」のチラシが、この商店街の物販だけでない「至れり尽くせり」のプライドのような特長を知ることになりました。

 
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